生命の歴史ゾーンの新生代エリアには何がある?マンモスやネアンデルタール人は見られるクジラが歩いていた証拠がある?と色々と気になる方も多いのではないでしょうか。
生命の歴史ゾーンでは生命誕生から、進化していく過程が展示されています。新生代は恐竜が絶滅した後の時代で、我々人類が出現した時代でもあります。
この記事では、恐竜博物館に100回近く行っている私が、生命の歴史ゾーンの新生代エリアの場所と展示内容をご紹介します。
生命の歴史ゾーン【新生代】はどこにある?

生命の歴史ゾーンの古生代エリアは、本館2Fにあります。本館1F恐竜の世界ゾーンからスロープで上がってきたところが生命の歴史ゾーンの入口で、古生代エリアとなっています。古生代エリアを抜けた先に中生代エリア、その奥に新生代エリアが待っています。
博物館の入口から直接行く場合は、入り口ゲート入って直ぐのエスカレーターの階段で2Fまで行き、ダイノラボやクリーニング室を通過して真っ直ぐ進んだ左手です。
もし、ベビーカーや車いすなどで階段やエスカレーターを利用できない場合は、本館3Fミュージアムショップを通り過ぎたところにあるエレベーターで本館2Fに降り、左手に曲がると奥の方にあります。
生命の歴史ゾーン【新生代】の展示内容
新生代エリア

新生代は、鳥類を除く恐竜が絶滅した後の時代で、哺乳類が生態系の大きな位置を占めるようになった時代です。私たちのご先祖様の人類が登場する時代でもあり、今現在、私たちが生きているのも新生代です。
そのような新生代の展示を詳しく見ていきましょう。
哺乳類時代の幕開け

鳥類を除く恐竜が大絶滅した後、生き延びた哺乳類は多様化していきました。現生の多くのグループが誕生したのもこの頃です。
花咲く植物と哺乳類の繁栄
新生代では、哺乳類が多様に進化し繫栄していく時代で、後に人類も出現します。また、白亜紀に登場した花を咲かせる被子植物が、シダ植物や裸子植物に変わり世界中の様々な場所で繁栄していきます。
ウインタテリウム

哺乳類のウインタテリウムです。ジオラマの中に展示されています。ジオラマは、新生代の初めの頃の暖かな環境が再現されています。
哺乳類時代の陸

地球が今よりももっと温暖だった時代、今よりも高緯度にあったユーラシア大陸と北アメリカ大陸はつながっていました。高緯度帯にも亜熱帯の森林が広がっていたため、哺乳類はユーラシア大陸から北アメリカ大陸へと移動したものもいました。
温暖化といわれる現代ですが、新生代の初めの地球は今よりももっと暖かでした。
リノティタン

絶滅してしまいましたが、馬に近い奇蹄類です。
新生代の初めの頃、暁新世から始新世にかけて(6600~3390万年前)、地球はとても温かく、北極や南極にも氷はありませんでした。高緯度地位にも大森林がひろがり、高緯度地域を経由して、哺乳類が大陸間を移動することも出来ました。
大きな犬歯や前歯を持つ草食獣のグループが繁栄し、温暖な気候で生息する植物の柔らかい葉や根を食べていました。
モロプス

モロプスも奇蹄類です。
始新世から漸新世に変わる頃(3390~2303万年前)、地球全体が寒冷化していき、南極大陸には氷床ができ、平均気温の低下や季節による寒暖差が起こり始めました。また、中緯度地域には季節変化により葉を落とす落葉広葉樹が広がっていきました。
このような環境の変化により、多くの種が絶滅していきました。モロプスのような繁栄していた奇蹄類も多くが絶滅し、ウマやバク、サイなど限られた種が生き延びました。
プラティベロドン

絶滅してしましましたが、下あごが長くユニークな特徴のゾウの仲間です。
中新世の時代(2303~533万年前)、大陸の配置は現代とほぼ同じになりました。この時代、前半は温暖でしたが、中ごろから寒冷化の一途をたどり現代へと続いています。
実は現代の地球は、寒冷化なのです。
気候が現代と似ている頃から、現代の姿に近い哺乳類が現れます。例えば、ゾウ類は、今のゾウの姿に違い長い足と鼻を持つ姿になりました。
ケナガマンモス

更新世の時代(258~1.7万年前)、寒冷化が進みました。氷河時代は、寒冷な氷期と比較的温暖な間氷期を繰り返しています。氷期には、日本でも針葉樹の森林が広がり、間氷期には現代にも生息するような植物が広がっていました。
ケナガマンモスのように毛の長い哺乳類や体の大きな哺乳類が多数いましたが、直近の氷期が終わる頃、そのような哺乳類は姿を消していきました。
ギガンテウスオオツノジカ

その名の通り、巨大な角を持ったシカです。ケナガマンモスと同様に氷河時代を代表する主です。
角は最大3.6m、40kgにもなりました。オス同士の格闘のみならず、メスへのアピールとして巨大化していったと考えられています。角を支えるため、首周りの筋肉が非常に発達していました。
氷河期は乾燥しており、土壌のカルシウム分を摂取しやすかったため、ケナガマンモスやギガンテウスオオツノジカのように巨大な牙や角を獲得することができたと考えられています。
哺乳類時代の海

中生代に陸上で出現した哺乳類でしたが、新生代以降、海へ戻る哺乳類が現れました。クジラやイルカ、カイギュウ、アザラシなどのいわゆる海生哺乳類です。絶滅したデスモスチルスも海へ戻った哺乳類です。
肺呼吸をすることや赤ちゃんを産み母乳で育てることなど、陸上での進化で獲得した体の仕組みを持っています。
しかし、姿かたちは海に適した流線形となり、手足はヒレに変化しました。また、クジラやカイギュウは後ろあしや体毛が無くなりました。
パキケタス

原始的なクジラのパキケタスです。しっかりと四足あり、見た目は現生のクジラとは似ていません。しかし、耳の骨が頭骨から分離していることと、耳の骨にS字状に曲がった突起があるこいうクジラにしか見られない特徴があったため最古のクジラだと分かりました。
海を泳ぐクジラも、元々は陸で四足歩行をしていたという証拠ですね。
バシロサウルス

こちらも原始的なクジラです。まるで恐竜かのような名前ですが、哺乳類です。発見当初、爬虫類だと考えられていたため名前に「サウルス」が付きました。
原始的なクジラとしては非常に大きく、一つ一つの背骨が長いのが特徴的です。
海の環境のうつりかわり
新生代の気候変動は、陸上だけでなく海の生き物にも影響しました。特に、貝類は海水や海流によって種類が変化します。そのため、貝類化石を研究することで、当時の環境が推定できます。
古第三紀の日本

古第三紀(6,600~2,303万年前)は、暁新世、始新世、漸新世が含まれます。
もっとも暖かかった始新世の時代には、まだ日本は大陸の一部だったと考えられていますが、熱帯~亜熱帯の環境でした。温暖な気候であったため、カムチャッカなどの高緯度でも海水の表面温度が20℃以上もありました。貨幣石という名で知られるヌムリテスはこの時代の貝です。
新第三紀の日本


新第三紀(2303~258万年前)には、大陸の一部であったと考えられている日本列島の大部分が移動し、現在とほぼ同じ位置になりました。このため、日本海が形成され、日本海側と太平洋側で異なる環境が出来ました。また、現在のような黒潮(暖流)と親潮(寒流)が出来たことで貝類の構成にも違いが生じました。日本各地で化石が産出する貝類のヤマトビカリアもこの時代です。
第四紀の日本

現代も含まれる第四紀(258万年前~)は、氷河時代であり、地球史上で最も寒冷です。
そのような氷河時代でも、寒冷な氷期と比較的温暖な間氷期を繰り返しています。
当然、海水温にも影響があります。石川県の地層を調べたところ、冷たい海に生息する貝類と暖かい海に生息する貝類が交互に層をなしており、氷期と間氷期で海水温も寒暖を繰り返していることが分かっています。
自然の中の人類

新生代の初期に現れたサルの仲間である霊長類は、小さなネズミのような姿から進化していきました。
新第三紀(2303~258万年前)の後期になると、初期の人類がアフリカの森林で出現し、サバンナの大地へと進出しました。
他の哺乳類と同様、人類にも同じ地域に近縁な異なる種がいました。
あごや頭の頑丈なものや、強靭な力のものなど、20種類以上がいました。
やがてユーラシア等へ生息地を広げていきましたが、数年前からはホモ属の我々人間以外は絶滅してしまいました。
まとめ
生命の歴史ゾーンの新生代エリアはいかがでしたか。
大型の恐竜が絶滅したため、その穴を埋めるようにネズミ程度の大きさしかなかった哺乳類が大型化し、栄えていきました。新生代の地球は当初現代より温かく、北極や南極にも氷はなく、哺乳類はユーラシア大陸からアメリカ大陸を移動できました。温暖な時代では、陸上では今は絶滅してしまったゾウの仲間やケナガマンモスなどの哺乳類がいました。その後、寒冷化が進み、現代と同じような環境になると、現代と同じような姿かたちをした哺乳類が現れます。
一方の海ですが、陸上で四足歩行で生息していたクジラの仲間が海に戻っていきました。
やがて、陸上では人類が誕生しました。アフリカで誕生した人類は、当初20種類以上が存在していました。人類は、ユーラシア等へ生息地を広げていきましたが、数万年前からはホモ属の我々人間以外は絶滅してしまいました。
このように、現代直結する新生代ですが、私たち人類の展示もあったり、四足歩行のクジラの仲間が見られたりしますので、興味深いエリアです。福井県立恐竜博物館を訪れた際は、このエリアもチェックしてみてくださいね。
生命の歴史ゾーンの一番初め古生代のページは、こちらをご覧ください。
新生代のひとつ前の中生代のページは、こちらのページをご覧ください。






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